黒田のお殿さまの「ふるさと」は?
いまの「福岡」のまちを作ったのは、戦国時代から活躍した黒田官兵衛・長政親子。
それまでこの地域は、商人の町として栄えた「博多」と、行政の中心地であった「名島(なじま)」に分かれていました。
知略に長けた軍師で知られる官兵衛は、名島に代わる新たな城を築く際に、黒田家先祖の故郷である備前国福岡(びぜんのくに ふくおか/現在の岡山県瀬戸内市長船町福岡)から名前をとったと言われています。
官兵衛(のちの如水)は、単に故郷を懐かしむだけでなく、「新しい土地に【福】が舞い込み、さらに【岡】(高台)に築いた城が末長く栄えるように」という願いを込めて、この地を「福岡」と名付けました。
如水が長男で初代藩主の長政らと慶長七年に催した連歌会の歌を記した「如水公夢想連歌」の一節、
「松むめ(梅)や 末なか(長)かれと
みとり(緑)たつ 山より つつく(続く)
さとは ふく岡(福岡)」
という歌にも、黒田家と福岡の繁栄の願いが込められているといわれています。
それまでこの地域は、商人の町として栄えた「博多」と、行政の中心地であった「名島(なじま)」に分かれていました。
知略に長けた軍師で知られる官兵衛は、名島に代わる新たな城を築く際に、黒田家先祖の故郷である備前国福岡(びぜんのくに ふくおか/現在の岡山県瀬戸内市長船町福岡)から名前をとったと言われています。
官兵衛(のちの如水)は、単に故郷を懐かしむだけでなく、「新しい土地に【福】が舞い込み、さらに【岡】(高台)に築いた城が末長く栄えるように」という願いを込めて、この地を「福岡」と名付けました。
如水が長男で初代藩主の長政らと慶長七年に催した連歌会の歌を記した「如水公夢想連歌」の一節、
「松むめ(梅)や 末なか(長)かれと
みとり(緑)たつ 山より つつく(続く)
さとは ふく岡(福岡)」
という歌にも、黒田家と福岡の繁栄の願いが込められているといわれています。
アクセス
| 所在地 | 福岡市中央区城内1 |
|---|---|
| 電話番号 | 092-732-4801 |
| アクセス情報 | 福岡市営地下鉄「大濠公園駅」[ 出口5] 徒歩11 分 |
| 駐車場 | 城内に第1- 第4 駐車場(有料) 計約450 台 |
| 関連リンク | https://fukuokajyo.com/about/ |
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