仲谷一志(なかたに ひとし)
劇団ショーマンシップ座長。俳優・演出家・タレント・プロデューサー。
有限会社ショーマンシップ代表取締役、株式会社甘棠館代表取締役。 日本児童・青少年演劇劇団協同組合理事・九州沖縄ブロック支部長。 日本演出者協会会員。 唐人町商店街連合会理事長。
福岡を拠点に活動する劇団ショーマンシップの座長として、舞台の企画・脚本・演出・出演・プロデュースを手がけ、エンターテインメント性と社会性を併せ持つ舞台作品を数多く発表。地方発の舞台創作を続けながら、福岡から全国へ向けて舞台文化を発信している。
有限会社ショーマンシップ代表取締役、株式会社甘棠館代表取締役。 日本児童・青少年演劇劇団協同組合理事・九州沖縄ブロック支部長。 日本演出者協会会員。 唐人町商店街連合会理事長。
福岡を拠点に活動する劇団ショーマンシップの座長として、舞台の企画・脚本・演出・出演・プロデュースを手がけ、エンターテインメント性と社会性を併せ持つ舞台作品を数多く発表。地方発の舞台創作を続けながら、福岡から全国へ向けて舞台文化を発信している。
仲谷一志
「演劇」の世界に入ったきっかけは
ー僕は北九州市若松区の出身で、実は中学までは柔道をやっていたんですよ。そして中々強かったんです笑。きっと周りは高校は柔道の強豪校に進むんだろうと思っていたんだと思います。ただ柔道の世界は自分には狭いように感じて、、高校まではやはり地元でとはなったんですが、違うことを始めたくて、、そこで通うことになったのがタレント養成所だった「テアトル博多」なんです。そしてそこの先生が全て演劇ご出身の方々で、、それが自分と「演劇」の出会いで、それからどんどんのめり込んでいきました。
「演劇」の世界に入ったきっかけは
恩師「野尻敏彦」先生との出会い。
ー当初、両親はそんなに演劇が好きなら東京に行けばいい、とも言ってくれていました。
しかし僕はその時すでに恩師である演出家、故・野尻敏彦先生に出会っていました。
彼の「笑いと涙の感動舞台を作って、地域を活性化させる」という理念、「演劇というものが持つ力」が、地域に役に立つこと。またそういったものを作らないと演劇は成立しない、演劇の「社会性」が必要なんだという考え方に、僕は不思議なくらい陶酔して、その理念が刷り込まれちゃってて、、そのまま(福岡に残り)今に至っています。
しかし僕はその時すでに恩師である演出家、故・野尻敏彦先生に出会っていました。
彼の「笑いと涙の感動舞台を作って、地域を活性化させる」という理念、「演劇というものが持つ力」が、地域に役に立つこと。またそういったものを作らないと演劇は成立しない、演劇の「社会性」が必要なんだという考え方に、僕は不思議なくらい陶酔して、その理念が刷り込まれちゃってて、、そのまま(福岡に残り)今に至っています。
突然のスカウト、そのきっかけの理由。
ー本格的に18歳から演劇をはじめ、それから劇団運営の手伝いも始めました。
そして、24歳からRKBラジオの番組のパーソナリティも務めさせていただく事になったんです。そのきっかけがすごくて、、当時『RKBベスト歌謡50』というランキング番組をされていた林幹雄さんから突然連絡が来て「RKBに来て」とスカウトされたんです。
なんで突然自分に?と後々その理由を聞いたら、吉永小百合さん主演のオール北九州ロケ映画『玄海つれづれ節』という作品の番宣の番組に参加していた時に、司会のオール阪神・巨人さんから振られた吉永さんへの質問にハイッと手を挙げて「吉永さんが乗っていた渡船は、実は僕の父親が作ったんです」と言ったのがバカうけして、、それをプロデューサーさんが覚えてた、という事だったようです。父親が繋いでくれた縁のように感じるんですよね。
そして、24歳からRKBラジオの番組のパーソナリティも務めさせていただく事になったんです。そのきっかけがすごくて、、当時『RKBベスト歌謡50』というランキング番組をされていた林幹雄さんから突然連絡が来て「RKBに来て」とスカウトされたんです。
なんで突然自分に?と後々その理由を聞いたら、吉永小百合さん主演のオール北九州ロケ映画『玄海つれづれ節』という作品の番宣の番組に参加していた時に、司会のオール阪神・巨人さんから振られた吉永さんへの質問にハイッと手を挙げて「吉永さんが乗っていた渡船は、実は僕の父親が作ったんです」と言ったのがバカうけして、、それをプロデューサーさんが覚えてた、という事だったようです。父親が繋いでくれた縁のように感じるんですよね。
突然のスカウト、そのきっかけの理由。
タレントを始め、再び演劇の世界へ。
ー実は27歳で劇団を飛び出し、その後ローカルタレントのような仕事を始めたんですがそれだけでは時間を持て余しちゃって、、やはり演劇をまたやりたい!と思い「シティ情報Fukuoka」さんの協力をいただき一人芝居をはじめました。その後仲間を集うために誌上で劇団員募集をしてできたのが「劇団ショーマンシップ」なんです。最初はみなと銀座のビルの2階を改装してやっていたんですが、生活圏での劇場運営は中々うまくいかなくて、、そんな折に唐人町で多目的ホールをつくるから相談に乗ってくれないか、と話をいただいたんですよ。
甘棠館show劇場スタート!
ー唐人町の多目的ホールの運営を手伝う事になり、名称も「甘棠館show劇場」とし、スタートしたのは2000年でした。この「甘棠館」という名前は、福岡の昔の藩校「西学問稽古所」に由来しています。
それから商店街の運営に関わるようにもなりました。地域の役に立つために劇団を運営していくこと、実は劇団の運営と商店街の運営とは似ているんです。お客さまに足を運んでいただくために何をフックにするか、来ていただいたお客さまに喜んで帰っていただくためにどうしたらいいのか、という考え方が同じなんです。いろんなイベントを考えたり、、失敗しながらも考え続けると。
現在の「唐人町商店街連合会」に至るまではコロナも挿み色々苦労もありました、、まだまだ課題はたくさんありますけどね笑。
それから商店街の運営に関わるようにもなりました。地域の役に立つために劇団を運営していくこと、実は劇団の運営と商店街の運営とは似ているんです。お客さまに足を運んでいただくために何をフックにするか、来ていただいたお客さまに喜んで帰っていただくためにどうしたらいいのか、という考え方が同じなんです。いろんなイベントを考えたり、、失敗しながらも考え続けると。
現在の「唐人町商店街連合会」に至るまではコロナも挿み色々苦労もありました、、まだまだ課題はたくさんありますけどね笑。
甘棠館show劇場スタート
ズバリ!唐人町商店街の魅力は?
ー唐人町商店街の素晴らしいところは、この懐かしさというか温もりのようなものだと思います。しかしなんと言っても「アーケード」だと思うんです。このアーケードがあることで一体感が生まれる。いろんなものの関わりの象徴のようにも思えるんです。メディアの取材も来てくれますしね。とにかく取材は絶対断らない笑。外からの求心力が商店街の活性化にもつながると考えています。
天神ビッグバンが進んでいって街が新しくなっていくなか、観光の方々に「生活感」「懐かしさ」を感じてもらえるような場所としての商店街、それを意識してつくり守っていく、それがこれからの唐人町商店街の役割でもあると思っています。
天神ビッグバンが進んでいって街が新しくなっていくなか、観光の方々に「生活感」「懐かしさ」を感じてもらえるような場所としての商店街、それを意識してつくり守っていく、それがこれからの唐人町商店街の役割でもあると思っています。
仲谷一志と商店街
アクセス
| 所在地 | 〒810-0063 福岡県福岡市中央区 唐人町1-10-1 カランドパーク203号 |
|---|---|
| 電話番号 | 092-716-3175 |
| 関連リンク | https://www.showman.jp/index.html |